大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(う)749号 判決

被告人 荻きよみ

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人沖田誠及び同中込一男が連名で差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

原判決は、本件火災は、被告人が、昭和三六年一二月三〇日午後一〇時三〇分頃、甲府市白木町二〇番地の自宅四畳半の間において、同室東南寄りに設けられているこたつの南側に接して布団を敷いて就寝するに当り、「このこたつには、その日の朝に補給した木炭や豆炭が数個残つており、かつ炉の灰は炉縁の上辺から下方へ八糎位の高さにまで充満していたうえ、炉はかなり老朽して亀裂がある状態にあつたのであるから、こたつの炭火についてはとくに注意して取扱い、その炭火の一部を取り除いたり、残り火をすくなくして灰をかけるなどの方法により、火災にならないよう十分注意しなければならないのに、これらのことをしないでそのまま床についてしまつたという過失により、その炭火の過熱で、これがこたつ北側の床板、こたつ櫓、炉縁などに燻りつき、これに連なる板の間の裏面に着火して火を失し、その火がさらに西方にのび、翌三一日午前三時五〇分ごろついに附近の板壁や物置などに燃えうつつて炎上し、」たために発生した旨を認定しているが、記録及び証拠物を精査し、且つ当審の事実取調の結果を検討すれば、本件こたつの灰の中から木炭の燃え残りが五個と豆炭の燃え残りが二個発見されている事実に徴すれば、昭和三六年一二月三〇日午前七時ごろ本件こたつに木炭を十能に一杯位と豆炭を五個位入れただけで、終日木炭等を補給しなかつたという被告人の供述は必らずしも信用できないが、被告人方居宅四畳半の西側と物置の境には、内側(東側)にベニヤ板が張つてあり、又その外側(西側)に板が張つてあつたとはいうものの、その中間には巾四尺位高さ四尺位のナマコスレート板が地中から同室北側の板張り北端まで立てられていたことが明らかであり、右事実に徴すれば、仮りに、原判示のように、本件こたつの炭火の過熱のため、これがこたつの北側の床板、こたつ櫓、炉縁等に燻りつき、これに連らなる板の間の裏面に着火することがありえたとしても、その火が更らに西方に延びて物置等に燃え移つて炎上することは容易にありえないと思われるばかりでなく、当審の鑑定の結果によれば、本件こたつの炭火の過熱から出火する可能性があると断定することも困難と考えられるから、本件はその証拠が不十分であるというべきである。従つて、被告人に失火罪を認定した原判決の事実認定には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものというべきであるから、論旨は理由がある。

よつて、本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条により、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書の規定に従い、更に、自ら次のように判決をする。

本件公訴事実は被告人に対する起訴状記載のとおりであるが、本件は犯罪の証明が十分でないから、刑事訴訟法第三三六条により、被告人を無罪とすることとして、主文のように判決をする。

(裁判官 加納駿平 河本文夫 清水春三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例